ネットの売れ筋、ヒット商品のゲットにこだわったブログです!




こだわりのヒット商品超特価バーゲン会場!

小遣い稼ぎにアフィリエイトを始めましょう!




カスタム検索

スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




こだわりのヒット商品

春はすぐそこ!初節句のお祝いに★『雛人形』フェア開催中
2009年01月06日 (火) | 編集 |

ワインカラーのおしゃれなケースの背景には、春らしい桜の花びらを散らしました。飽きの来ないオーソドックスなデザインは、親王飾りの定番です。

ひな祭りは3月3日、女の子の成長や幸福を願う行事で「桃の節句」とも言います。女の子のいる家庭の多くはひな人形を飾り、桃の花やひなあられ、菱餅、白酒などをひな人形と共に飾り(供え)ます。ひな祭りの起源は、身のけがれや災いを人形に移し、川に流して厄払いしたという古代中国の風習にあります。これが日本に伝わると女の子の人形遊びと結び付き、江戸時代(1603~1867)からはひな祭りとして行われるようになりました。もう少し歴史を紐解いてみましょう。

ひな祭りの歴史は、平安時代中期にまでさかのぼりることになります。 当時は、三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし、じょうみ)の節句といって、無病息災を願う祓いの行事をしていました。陰陽師(おんみょうじ・占い師のこと)を呼んで天地の神に祈り、季節の食物を供え、また人形(ひとがた)に自分の災厄を托して海や川に流すのです。 また、その頃、上流の少女たちの間では“ひいな遊び”というものが行われていました。ひいなとはお人形のことです。紙などで作った人形と、御殿や、身の回りの道具をまねた玩具で遊ぶもので、いまの“ままごと遊び”でしょう。このことは紫式部の『源氏物語』や、清少納言の『枕草子』にも見られます。 長い月日の間に、こうした行事と遊びが重なり合って、現在のようなひな祭りとなりました。 上巳の節句が三月三日に定まったのは、わが国では室町時代頃のようです。しかし、この頃から安土・桃山時代にかけては、まだひな人形を飾って遊ぶ今のひな祭りとはかけはなれた、祓いの行事の日でした。この日が華やかな女性のお祭りとなるのは、戦国の世が終り、世の中が平和になった江戸時代からのことです。 江戸初期の寛永6年、京都御所で盛大なひな祭りが催されました。この頃から、幕府の大奥でもひな祭りを行うようになり、やがてこの習慣は上流から町民へ、大都市から地方へと大きく広がっていったのです。 そして江戸中期には、女性たちばかりでなく、女の赤ちゃん誕生を祝う初節句の風習も生まれて、ひな祭りはますます盛んとなりました。江戸市中には雛市(ひないち)が、日本橋十軒店(じゅっけんだな・いまの室町)や浅草茅町(かやちょう・いまの浅草橋)など各所に立って大変にぎわいました。またこの頃から附属のひな人形やひな道具の種類も多くなり、かなり贅沢なものが作られるようになりました。

(日本人形協会編「ひな祭の歴史」より)





こだわりのヒット商品

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。